7 吾輩はドラネコである

吾輩はどら猫である

 我が輩の名前は、女なのになぜか「五朗」という。

 大学の路地裏でニャーニャーと鳴いていたら、今の女ご主人に拾われた。数年前のことだった。

 ご主人は元英語教師で、夫に先立たれて以来、今は大連市に移り住み、交通大学でもう7年目の留学生活をしている。我が輩を養育するために大学の宿舎を出て、アパートを借りて住んでいる。アパートは快適な部屋で、朝晩の食事はもちろん、昼間の散歩まで自由にさせてくれる。寝るときには添い寝までしてくれるのだから、嬉しい。

 そうそう、我が輩の名前の由来について、ある口さがない学友がこう言っていた。

「もともと野良猫で校庭のあちらこちらと"ごろつき回って"いたのだから、五朗と呼ばれているのだろう」

 勝手に言わせておこう。

 ところが、今とても困った事態が発生した。

 ご主人が一週間ほど日本へ帰国することになったのだ。

 たちまち、我が輩の身の回りの世話をする人が必要になった。一、二年前にも同じことがあったが、そのとき我が輩を世話した同学の男性はとても優しかった。我が輩はこの男が好きになったが、なぜかご主人は彼に我が輩の世話を頼まないようである。おそらく我が輩の世話がそれほど難儀であることと関係あるのかもしれない。そこで、ご主人は別の世話人を捜したところ、ヘンナ老人が候補者になった。

 

 先日、このヘンな老人が我が輩を見に部屋にやってきた。

 この男、デブで大柄な体格をしていて、仁王様のような無愛想な顔つきで我が輩を見下ろしている。我が輩は牙を剝いて、嫌悪感を露わにしてやった。すると、この男、ご主人を振り向き、両手を広げた。このジェスチャは我が輩が気に入らないという意味だろうか? 我が輩だってこんな男の世話になりたくない。

 ご主人は笑顔でいった。

「けっして五朗を叱らないでくださいね。さあさあ、お昼ご飯でも召し上がれ。あなたのお好きなお寿司を作りましの、おホホホ・・・」

 朝から作っていた巻き寿司、稲荷寿司、ポテトサラダ、一夜漬けのキューリ、西瓜などなど、もちろん冷えたビールまでテーブルの上に所狭しとごちそうが並んでいる。ご主人は餌で釣って、この男に我が輩の世話をさせようと企んでいるらしい。

 この男、食うは、くうは、72歳の老人とは、とても思えないほどの大食漢だ。

「動物はお好きですか?」と、ころあいを見て、ご主人が聞いた。

「ええ、私は以前研究所で働いていました」冷えたビールを美味そうに飲み干してから「毎日まいにち、ネズミ、猫、犬、猿などを扱っていましたよ」

「それはよかった。動物がお好きなんですね」と、ご主人の顔がほころんだ。

「まあ、仕事ですから。・・・でも実験が終わったら、みんな殺しますが」

 その瞬間、ご主人の顔色が変わった。

「殺すって・・・そんなヒドイこと?」

「ご安心ください。動物愛護の為に、安楽死させますから。最高の安楽死は」といってから、男は台所の電子レンジの方へ顎をしゃくり「あれにいれて瞬時に殺す方法です。これだと、動物の臓器が生きたままの状態で保持されるので、動物実験に最適な方法なんですよ。アハハハ」

 我が輩は総毛立った。もうこんなヤツのソバにはいられない。隣の寝室の窓ぎわに退散した。すると、ご主人が窓を開けて、

「さあ五朗、お昼の散歩に行きなさい」

住宅6階の屋上菜園

 窓が開くやいなや、我が輩は窓外に飛び出た。6階の屋上はだだっ広く菜園あり、花園ありで、遊び廻るのに事欠かない。人々の憩いの空間になっている。                        

 

 このあと、ご主人とこの男の間で細々とした会話が交わされたそうだ。ご主人はいった。

「一日に朝夕の二回、お部屋にきてください。その都度、猫用餌のペレットをお碗にいれてあげてね。水は水道水じゃなくて、ミネラルウォーターをあげてください」

「えっ、そんな贅沢な。私はコーヒーを飲むときも、水道水を使っているのに」

「いえ、大連の水道水は水質が悪いので、五朗がお中をこわすといけないので。それから、冷蔵庫内の干し魚を噛み砕いて、五郎にやってください。そして次に、おトイレに五朗用のトイレがあります。ウンコちゃんの固まりがあれば、スコップで取って、横の袋に入れてください。あ~、それから、こちらの窓、向こうの窓、そして冷蔵庫の上、それぞれの草花に朝夕に水をやることをお忘れなく。細々とした内容は便せんに書いておきますので」

 聞き飽きたようなこの男は寝室の窓を眺めながらいった。

「ところで、あの猫はいつ帰ってくるのですか?」

「そうそう、朝こられた時には、あの窓を開けて五朗に散歩させてやってくださいね」

「ええ、わかりました。それで、猫はすぐ帰ってくるんですね、1時間ほどで・・・」

「はい、2時間ほどしたら帰ってくるはずですが、場合によっては・・・」

「え~、もっと永く待たされるんですか? 私だっていろいろ・・・」

「ご心配なく、大連で買った映画のDVDがあそこのラックにたくさんあります。どれでもお好きなDVDを観ながら気長に五朗の帰りを待ってやってください。それから、冷蔵庫に、缶ビールやらおやつやら果物などたくさん入れておきますから、お好きなものを食べながら、ごゆっくりとくつろいでいただきます・・・」

 男は、我が輩の世話を安易に引き受けたことを後悔しはじめているようである。この男とご主人は囲碁クラブ仲間であった。そんなよしみで簡単に引き受けたものの、思いの他、大変であることに気がついたようである。

 ご主人は、ここで逃げられては大変と更に餌をばらまくことにしたようだ。

「日本で、あなたがお好きなお土産でも買ってきますから、なんなりと言ってください。そうそう、あなたは読書がお好きでしたよね。何かご本でも

・・・」とご主人がいった。

「ああ、そうですね、北方謙三の水滸伝を読みたいと思っているのですが、アマゾンで中古の文庫本なら5千円程度で買えますが・・・」

「ええ、そんなことならお易い御用ですわ。さっそく日本の弟に頼んで注文してもらいます」

「でも文庫本全20冊もあるので、重くて大連まで運ぶのが大変ですから、いいですよ。そのうちに家内に頼みますので」

「いえいえ、ご遠慮には及びません。五朗のお世話をしてくださるのなら、なんでもいたしますわ!」

 かくして、この男、女の甘言で見事に籠絡したようであった。 

 

 三時間後我が輩が戻ると、ご主人は男と囲碁を打っていた。我が輩を待ちくたびれて暇つぶしをしているようである。

 やたらと男がご主人様を叱っているのが気にかかった。

「石を持った手を、碁盤の上でふらふら動き回してはいけません。悪いマナーですよ」とか、

「一度置いた石をまた動かしてはいけません。待ったは、重大なマナー違反だ」とか、

「なぜ、そんなところに石をおくの? あなたは、大局観がぜんぜんないね!」

 と、男は偉そうなことを言っている。ご主人は申し訳なさそうにその都度、ペコペコ頭を下げている。我が輩はこんな弱気な態度のご主人を見たことがない。

 ところが、囲碁クラブの男仲間が皆有段者なのに、この男は二級ていどで一番弱いことを我が輩は知っている。唯一ご主人は九級程度でこの男より更に弱いらしい。だから、この男、日頃有段者にいじめられている腹いせに、ご主人に偉そうなことを言って、日頃の鬱憤を晴らしているのだろう。弱い者イジメをするなんて嫌なヤツだ!

 

 7月18日、ご主人は日本へ旅立った。この男と我が輩の一週間の生活がはじまる。

 我が輩にとって最悪の日々に何が起こるのか? それは分からない。

 

【猫に嫌われたヘンな男の苦労談】

7月18日(第一日目)、夕刻、私はこの女主人宅を訪れた。室内に入るやいなや、くだんのドラネコが隣の寝室へ一目散に逃げた。

 探すと、窓際のカーテンの陰に隠れて、姿を見せない。ちょっと覗くと、うなり声を上げて私を威嚇している。可愛げのないドラネコだ! トイレの片隅にある碗にエサである動物用ペレットを追加。居間の三箇所の草花に水をやった。一番繁茂している草にはたくさん水をやってくださいと言われたのでそうしたら、入れ過ぎたようで、鉢の底から水が漏れ出て壁に伝わった。きれい好きの女主人がそれを知ったら不機嫌になるだろう。部屋を見渡すと、整理整頓が行き届いており、床にはチリ一つ落ちておらず、我が宿舎の部屋の乱雑ぶりとは大違いである。我が家内もそうだが、女はなぜこうなのだろうか? 私はこんな綺麗すぎる部屋に居ると落ち着かない。ちょっとでも汚すと、後が怖~い! 

 

7月19日(第2日目)、朝、女主人宅へ行く。エサが半分減っていたので追加。猫のトイレに糞の固まりがあったので、備え付けのスコップで取りゴミ袋にいれた。草花に水をやる。猫はあいも変わらずカーテンの陰に隠れている。窓を開けてやると飛び出して、外の草むらへ駆け込んだ。「五朗」と声をかけると、鳴き声は聞こえるが姿を見せない。山崎豊子原作「大地の子」のDVDを観る。昼時になった。女主人が用意してくれた日清の焼きそばを食べる(私はこれが大好きだ)。もう3時間が過ぎているのに、猫が戻ってくる気配がない。猫が戻って来ない限り、窓をロックすることができないので、帰りたくても帰れないのだ。幸いにも、「大地の子」がとても面白いので時間を忘れさせてくれた。どうやら、女主人は私が五朗に待ちくたびれるのを予測して、面白いDVDを用意していたのだろう。とうとう夕刻になった。猫が外出して以来、7、8時間が経過しているのにまだ戻って来ない。主人が用意してくれた冷蔵庫内のビールを野菜サラダを肴に飲んだ。そしてパンを焼いて夕食を摂った。結局その日、猫が戻って来ないので、ソファーで一夜をあかすはめになった。 

 

7月20日(第3日目)朝、窓を開けるも猫が戻ってくる気配がない。やむなく帰宅することにした。部屋を出ると、ここは6階の屋上の広間になっており、更にこの上に20階建てのアパートが林立している。6階の屋上には広場と花壇がある。もしやと思い草むらに向かって、「五朗」と声をかけると猫が現れた。部屋からエサと水の碗を持ってきて与えると猫が食った。やはり飢えているようである。しかし、部屋へつれて帰ろうとすると、猫は抵抗して逃げる。やむなく帰宅した。

 大学宿舎の我が部屋で二日ぶりにシャワーを浴びた。昼食に冷凍秋刀魚を焼いた。そうだ、焼いた秋刀魚の頭なら、あのドラネコが喜んで食べるだろう。

 

 夕方女主人宅へ行く。五朗を捜すと朝より更に遠い草むらにいた。声をかけると五朗がでてきた。が、せっかく持参した秋刀魚の頭には目もくれず、エサのペレットをがりがり音をたてて食べた。どうやら、人工のエサに飼い慣らされている動物は自然の味というものを知らないようだ。が、人が通ると急に草むらに隠れる。そして戻ってきてまた食べる。食べ終わると私にまとわりついてくる。路上にごろりと横たわり腹まで晒している。かなり私に慣れてきたということか。今日こそ部屋に連れ帰ろうと、両前足を持ったり、抱きかかえたりしても抵抗する。路上に置くと、元の草むらに隠れる。まったく、扱いにくいドラネコだ。 

 

7月21日(第4日目) 前日と同様、草むらに隠れている猫は「五朗」と呼びかけると近寄ってくる。エサと水を与える。食べている最中に、飼い主の鎖につながれた小型犬が通りすぎ、五郎と睨み合いがはじまった。急に犬が逃げ出して、飼い主の後ろに隠れた。犬の方が強いと思っていたが、やはり体のサイズにもよるのだろうか? 飼い主と少々北京普通話で話した。

 ーーこの猫の主人は今、日本に帰国中。友人の私がその間世話をしているが、猫が家からにげてこの草むらに住んでいる。我々は交通大で中国語を学んでいる留学生だ。などなど。

 私の話す中国語はだいたい理解してくれているようだ。しかし、相手の話す中国語はあまり聴き取れなかった。飼い主は大連方言を話しているからかもしれない。 

 

猫「五朗」に餌と水をあたえる

 今日こそはと、名前を呼びながら家の方へと誘導するが、人の気配を感じると結局後戻りして、草むらの方へ逃げ戻ってしまった。


 主人の居間で数時間過ごし「大地の子」をようやく見終えた。山崎豊子は通俗小説作家だが(注1)、「白い巨塔」のように映画化されたものは結構面白かった。この「大地の子」は中国大陸の残留孤児の問題を真正面から取り組んでいる。NHKの特別番組で全10時間以上もの大作で見応えがあった。特に、残留孤児の養父を演じた中国人俳優の名演技が秀逸で、ついつい何度も涙が流れた。文化大革命時代に養子の冤罪を晴らそうと寒い北京の役所前に何日も泊まりこんで順番を待つ必死の思い、冤罪が晴れて内蒙古から帰ってくる養子を十日間も北京の駅頭で待ち続けている慈愛あふれる姿を見ていると、日本人にはあり得ないことだが、中国人ならこんな父親もいるのではないかと納得させられた。映像の最後に主人公(養子)が「私は大地の子です」と言った。偉大な大地中国、そしてそれを具現しているのが中国人の養父母なのだろう(注2)

 

(注1)山崎豊子は盗作で何度も訴えられているが、この「大地の子」でも同様である。この作品は日中の戦後史に欠かせない重要なテーマを扱っているだけに、少々残念な思いがしてならない。

(注2)満蒙開拓団(入植者)の苦難の歴史と、彼らを棄民した帝国陸軍の裏切り行為は忘れることができない。が、開拓団の耕地の多くは、もともと中国人(満州族など)のものであり、二束三文の安値で買い取られ土地を追われた中国人から見たら、満蒙開拓団は日本帝国主義の侵略の一翼を担う存在であるという、負の側面もあったようだ。それだけに、残留孤児を養育してくれた中国人の恩も忘れてはならないだろう。


7月22日(第5日目)、ついに最後の日になった。この朝にも草むらの猫にエサを与えてようやく役目を終えた。午後からは、女主人が日本から帰ってくることになっている。

 

後記

 この五日間に二度ほど五朗の近況を伝えるE-mailを日本に帰国中の女主人に出したし、一度は彼女から電話が来た。

 ーー五朗の世話には手を焼いています。こんなことになるのなら、五朗の世話を引き受けるべきでなかったと後悔しております。

 と、苦境を伝えた。

 たった五日間なのに、動物の世話に不慣れな私は、精神的に参ってしまった。いつもなら毎日買い物などで1,2時間は散歩していたが、それもできず、思うように従わない猫の世話にかかりっきりになって、胃腸にも変調を来した。

 最後の日の午後、女主人から電話がきた。

「ただ今、家に戻りました。いろいろお世話をおかけしてありがとうございました」

「ああ、それはよかった。それで五朗は6階の草むらいますが・・・」

「いえいえ、今は我が家にいますよ」と女主人の弾んだ声。

「それはよかった・・・」

 私はそう言ったものの、心中穏やかな気分にはなれなかった。

 帰国中も気にかけていた五朗と再会できた女主人の喜びの声が受話器から流れている。きっと、このドラネコは主人の顔を見、声を聞いた瞬間、大喜びでシッポを千切れんばかりに振りながら、あの窓から主人の家の中に飛び込んだことだろう。

 わたしも、二人(?)の再会を喜んでやるべきなのだ。しかし、私には女主人への嫉妬心だろうか、あれほど私を手こずらせたドラネコへの怒りの感情を抑えきれないでいるのだ。

 が、これが愛玩動物、とりわけ猫科の動物の習性で仕方のないことなのかもしれない。

 

 私は改めて女主人のことを思った。実は囲碁クラブの仲間でありながら、付き合いが短いので彼女のことはあまりよく知らない。囲碁クラブや留学生仲間の噂によると、日本では英語教師だったようだ。結婚し子供を産み育てた前半生はとても忙しい生活だったと想像される。そんな彼女に転機が訪れた。夫に先立たれたのだ。

 あるとき彼女に訊いたことがある。

「英語がお得意なら、なぜ英語圏に行かなかったのですか?」

 と。英語の他にもう一つ外国語を学びたかったから、と彼女はいった。

 こうして、彼女は大連で語学留学生生活をはじめた。もう7年間の歳月が流れている。7年間といえば、私が会社を定年退職してから、中国で日本語教師をしていた時間とほぼ重なる。

 私は大連に来て、留学生仲間を眺めているうちに、彼らにある共通した特徴のあることに気づいた。

 

■ 留学生気質

 大連のこの大学の日本人留学生は私のような老人が多い。彼らの特徴は、

✓ 日本に住み飽いた、

✓ 離婚して日本への未練を断ち切った、

✓ 連れ合いに先立たれた、

✓ 独身のまま天涯孤独、

✓ 薹の立つ結婚生活に飽いた、

 

 といった人たちが多いのに気づく。

 日本に安住の地を見いだせないで、この地でエトランゼ(異邦人)になっているようである。

 彼女もそんな一人ではないのか? 明るくくったくのない表情の裏に、どことなく孤独の影を引きずっている・・・

 そして、あるとき彼女はドラネコ「五朗」に巡り会って、心を寄せた。

 彼女が五朗を溺愛しているうちに、五朗には主人への異常なほどの依存心ができてしまった。二人(?)だけの閉ざされた空間にいるだけならそれでもいいが、今回のように第三者が関わるような事態になると、その弊害が露見する。彼女は留学生として毎日授業にで、学友との交流もある。が、あの猫はその間、閉ざされた空間にいるだけだ。なるほど、毎日寝室の窓からでて、外の世界を逍遥してはいる。しかし、私がこの五日間の経験から想像すると、五朗は外の世界でも他者との(人とも動物とも)接触を怖れて空き地や草むらに隠れ住んでいるだけのように思えてならない。

 じつは、この女主人がたまたま元英語教師であったことより、私が日本語教師をしていたときに知り合った、ある大学の日本人女性も元英語教師であったことを思い出した。彼女(Aさんと呼ぼう)は独身を守り、私が赴任したその大学の日本語科では、既に4、5年の経歴のある先輩日本人教師であった。A教師と私は同僚として親しいお付き合いをしていたものの、それは表面上のことで、彼女からは、

 ーー私の心の領域に、土足で踏み込むような真似は一切許さない!

 という意識がそれとなく感じられて、とりつく島もなかった記憶がある。外国で独り住まいをしている女性の一典型を見る思いがしたものだ。

 それでいて、A教師は教育に熱意のある人で、担当した教え子とは入学以来4年生になるまで深い心の絆で結ばれており、私には両者の間に割り込む余地がなかった。子供のいないA教師は、おそらく彼らを我が子のように愛育していたのであろう。しかし、この女性教師特有の学生への接し方は常にベストであるとは限らない。特に、男性教師である私は、別の方法もあるのではないかと思い続けている。

 さて、五朗とその女主人との深い結びつきについても、類似点が感じられるのだ。だから、

 ーー子育てと同様に、飼い主の独占欲は動物をスポイルすることにならないだろうか。彼女は五朗と一緒に外界にでて、他者と交流するように五朗をし向けてやるべきではないのか?

 と思えてくる。しかし、私はもう五朗とは会うこともないだろう。すべては、女主人のやりたいようにやったらいいことなのかもしれない。

ドラネコが出入りした寝室の窓

 

忘れ得ぬ寝室の窓

 

ここから逃げ出したドラネコは、五日間戻ることはなかった。

なのに、主人を見た瞬間・・・

それはあんまりだぜ、五朗くんよ。

 

 

 

 

 

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